東京高等裁判所 平成2年(行ケ)39号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 成立に争いのない甲第二号証(当初明細書)、甲第四号証(昭和六二年一〇月七日付け手続補正書)によれば、本願発明の技術的課題(目的)及び構成は、次のとおりであると認められる。
本願発明は、集積回路に構成するに適する第三高調波信号発生回路に関するものである(当初明細書第一頁第一九行、第二〇行)。
カラーテレビ受像機の輝度及びクロミナンス信号処理チヤンネルの能動遅延線用のスイツチング信号等として用いられる第三高調波信号を得るには、それ以外の高調波を含まぬかその著しい抑圧を示す必要があるが、多数の高調波周波数を含む信号から第三高調波を抽出するために長い同調回路濾波方式を用いると、回路が大きくなり高価かつ複雑化し、また、同調回路を用いる構成は、第三高調波信号発生器を集積化するとき回路板の面積が限られており、外部回路成分との接続端子数も限られているため問題が生ずることがあつた(同第二頁第一行ないし第三頁第一〇行)。
本願発明は、右知見に基づき、簡単かつ安価で集積回路として製造し得る第三高調波信号発生器を提供することを目的とし(同第三頁第一一行ないし第一三行)、本願発明の要旨記載のとおりの構成を採用したものである(手続補正書添付の特許請求の範囲第二行ないし第一六行)。
2 他方、引用例には、審決認定の技術的事項が記載されていることは当事者間に争いがない。
3 相違点一に対する判断について
原告は、引用例記載の考案における非直線増幅器は、基本波と他に一種類の高調波とだけを出力させる特殊なものであるから、入力に印加される正弦波信号から同じ周波数の矩形波信号を得る回路が本件出願前周知の技術であつても、引用例記載の考案における非直線増幅器を、多種の高調波を含む矩形波を発生する制限増幅器に置換することは単なる周知技術の転用とはいえない、と主張している。
しかしながら、成立に争いのない乙第一号証(改訂電気回路理論、末崎輝雄、天野弘共著、株式会社コロナ社・昭和四四年五月一〇日発行、第八四頁ないし第八六頁)、甲第九号証(電子工学ポケツトブツク、電子工学ポケツトブツク編纂委員会編、株式会社オーム社書店・昭和三二年一〇月一五日発行、第三四九頁、第三五〇頁)によれば、正弦波の波形を増幅器で歪ませると、必ず複数の高調波が発生することは電力増幅器における技術常識であると認められる。
したがつて、引用例記載の考案の非直線増幅器も複数の高調波を発生させるものであつて、原告の前記主張は技術常識に反するものであり、採用し得ない。
そして、入力に印加される正弦波信号から同じ周波数の矩形波信号を得る回路は、本件出願前より周知の技術である(この点は当事者間に争いがない。)から、引用例記載の考案の非直線増幅器に替えて、本願発明の構成を得ることは、単なる周知技術の転用にすぎないものであると認められる。
原告は、単一種類の高調波だけを生ずる非直線増幅器が存在することは、真空管回路技術者の常識である、と主張し、甲第八号証、甲第九号証をもつてこれを立証しようとするが、成立に争いのない甲第八号証によれば、「歪 真空管の非直線性によつて出力に歪を生ずる。三極管では第二次高調波が大部分であるが、五極管では第三次高調波も考慮しなければならない。(中略)格子励振電圧が正になる場合には入力部において歪を生ずる。(中略)格子電圧における歪は次のように表すことができる。
<省略>
<省略>
<省略>
(第三三三頁右欄第五行ないし第一八行)」と記載されており、また、前掲甲第九号証には、「高調波はもとの周波数の二倍、三倍などの整数倍の周波数のもので一般に無限にふくまれる(第三四九頁右欄第一二行ないし第一四行)」「三極管では(中略)第二高調波が多く出てこれがおもなひずみの原因となる。五極管では(中略)第二高調波のほかに第三高調波の発生が大きい(第三四九頁右欄第二一行ないし第三一行)」と記載されていることが認められ、右事実によれば、高調波はもとの周波数の整数倍のもので複数(例えば、二次、三次、四次等)発生すること、ただ三極管では第二高調波が大部分で、五極管では第三高調波もその発生が大きいが、いずれの場合も、その他の高調波の発生を否定しているものではないことが認められる。
してみると、甲第八号証、甲第九号証には単一種類の高調波のみを発生する増幅器が存在するとの記載はなく、他に原告の主張を裏付けるに足る証拠もない。
また、原告は、引用例記載の考案が複数の高調波の同時発生とフイルタの使用を考慮していたとしたら、引用例の第三頁第三行に記載されているように増幅器2の入出力特性を変える必要はないはずであり、このことからも引用例記載の考案は単一の高調波を発生する非直線増幅器であることが明らかである、と主張する。
前掲甲第五号証によれば、引用例には、「増幅器2の入出力特性を変えることにより増幅器2で発生する高調波が変わり、n次高調波が発生した場合、出力端子5からn逓倍波が得られる。上述した実施例から解るように、本考案によれば、入力基本波の周波数が大きく変化しても、出力には、常に基本波のn逓倍波が得られるという効果がある(第三頁第三行ないし第一〇行)」と記載されていることが認められる。右記載内容及び、前記判示したように正弦波の波形を非直線増幅器で歪ませると必ず複数の高調波が発生することは技術常識であることからすると、原告が引用する引用例の「増幅器2の入出力特性を変えることにより、増幅器2で発生する高調波が変わる」という趣旨は、入力基本波の周波数を変えると、増幅器2で発生する高調波もそのn逓倍波が得られるということであつて、右記載から、引用例記載の考案の非直線増幅器が単一の高調波のみを発生するものであると理解することはできない。
4 以上のとおりであるから、本願発明と引用例記載の考案との相違点一についての審決の判断は正当であつて、審決に原告主張の違法はない。
三 よつて、審決の取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却する。
〔編注〕本願発明の要旨は左のとおりである。
正弦波信号に応答して、その正弦波信号の基本波成分及び第三高調波成分を含む出力信号を生成する高調波発生手段と、前記正弦波信号に応答して、その基本波として、前記高調波発生手段の出力信号の基本波成分の大きさと実質的に等しい大きさの出力信号を生成する線形増幅器手段と、前記高調波発生手段及び前記線形増幅器手段からの出力信号を前記基本波成分が実質的に相殺される向きに組合わせる組合せ手段と、を備え、前記高調波発生手段は、前記正弦波信号の周波数で矩形波出力信号を生成する制限増幅器手段である、ように構成された、ビデオ信号処理装置用の、正弦波信号の第三高調波信号発生器